俺の通う私立高校は、ここらでは珍しいくらいの大層立派な図書館を持っていた。校舎とは独立した棟に、高校生には勿体無いような蔵書が眠っているらしい。所謂「本の虫」と呼ばれるような一部の物好きな生徒からは大変人気のあるスポットで、殆ど常に誰かしらが入り浸っていた。
 俺もかなりの時間を図書館で過ごしている生徒の一人だったが、特別本が好きなわけでも勉強熱心なわけでもなければ孤独や静寂を愛しているわけでもなかった。
 にもかかわらず、ほとんど毎日放課後から閉館時間まで図書館に入り浸っていたのは、ある人物が要因だった。

「朽木。また閉館まで自習か?」
「まあな。…あ、この間の参考書、コピー取ったから返却するよ」
「わかった。私が戻しておこう」
「悪いな」
「気にするな。私の役目だ」

 白藍色の眼を細めて俺に微笑みかけた痩身長躯の青年は、この図書館の司書をしていた。
 皆に村正先生と呼ばれ親しまれていたが、苗字は何なのか、そもそもそれが本名なのかどうかも知る者はいなかった。聞くところによると、俺たちの先輩の前の代、そのまた前の代の頃からも、村正先生はここで司書をやっているらしい。先輩の親が在学していた頃も、村正先生が司書だったなんていう噂もある。真偽の程は定かではないが、どこかミステリアスな存在であることは間違いなかった。

 その実、特に真面目に自習する気もなかった俺は、俺の渡した参考書を抱えながらカウンターの方へ戻る彼をぼんやりと目で追っていた。すると、一人の女子生徒が駆け寄っていくのが見えた。

「村正せんせー、この本戻したいんだけど届かなくて」
「ああ。一番上の段か。返却簿には記入したか?」
「あ、忘れてた」
「なら本は預かるから、向こうで書いてくるといい」
「ありがとう!」

 村正先生は、どこか古風な喋り方に反し、不思議と距離を感じさせない雰囲気を持っていた。そのせいか、馴れ馴れしく喋りかける生徒に常に囲まれ、柔らかな物腰も相俟って男女を問わず人気があった。大きなアーモンド型の眼や、陶器のように白い肌は女性的な雰囲気さえ感じさせ、いつだったか男子生徒が不埒な話題に彼の名前を出していたのを聞いたことがある。人のことを言えた義理はないが、本に興味もなく自習する気もなくここに来ている生徒も一定数いるのではないかと踏んでいる。
 そんな光景をなんとなく面白くないような心境で遠巻きに眺め、時が過ぎるのを待っていた。閉館時間が近づくにつれ、徐々に館内にいる生徒が疎らになる。そして遂に定刻を告げるチャイムが鳴り、彼は館内に残っている生徒たちを追い出しにかかった。
 俺はと言えば、一番奥の席に何食わぬ顔で居座り続けていた。彼が、他の生徒を全員帰し終わるまでこちらには来ないことを知っていた。
 館内がシンとした頃を見計らって立ち上がり、時間ギリギリで返却箱へ積まれた本を確認している村正先生へと歩み寄る。

「見回り手伝おうか?」
「…ああ、朽木…いつも悪いな。助かる」

 俺は館内を一巡し誰もいないのを確認しつつ、机の上に忘れられているペンや消しゴムなどを回収していった。カウンターの忘れ物ボックスへそれらを投げ込むと、最後の数冊を書架へ戻していた村正先生の元へ向かう。
 終わったぞ、と声を掛けようとしたところで、薄暗くなった館内に彼の細いシルエットが浮かび上がり、一瞬息を呑む。腕を本棚の上段へ伸ばし、二の腕から腋下へ続く曲線が、微かに反らされた胸の形が、薄い布地の上から露わになる。無意識に湧き上がる唾液を嚥下した瞬間、彼がこちらに気づいて振り向き思わず肩が跳ねる。目が合うとそれは三日月型に細められ、薄く小さな唇からふっと息が漏れた。

「──『響河』、」

 おいで、と名前を呼ばれたのを合図に、俺は勾引かされたかのようにふらふらと歩みを進めた。
 伸ばされた細い腕に縋り付くと、もう一方の手で頬から耳の付け根にかけてをやさしくひと撫でされ、背中が粟立つような感覚を覚える。

「待たせたな、響河。……否、待っていたのは私の方だが」
「村、正…」

 殆ど無意識に名前を呼ぶと、彼の眼がうっとりと溶けたような気がした。はぁ、と熱っぽい息を吐き出した唇に視線が釘付けになり、そのまま吸い寄せられるように自分の唇を合わせた。
 暫くふにふにとした表面の感触をお互いに楽しんでいたが、不意に頬に添えられた手に力が入り、薄く開けられた唇に強く押し付けられる。彼の思惑を察してその隙間にぬるりと舌を差し入れる。彼の両腕はいつのまにか俺の首へ縋り付き、侵入してきた舌に夢中で吸い付いていた。二人の隙間から漏れる吐息が図書館の高い天井に反響し、思わず耳を塞ぎたくなるようなむず痒さを覚える。

「ん……ん、く…」
「ふ、……は、ぁ…」

 吸われて流れ込んだ唾液を飲み下される音が聴こえ、耳朶がぼうっと熱くなる。
 首を引き寄せられていることで互いの身体は次第に密着し、胸板には彼の薄い胸に浮き出た骨の感触まで伝わってくるような気さえした。少しでも気を抜くと正気を失ってしまうと思うくらい、思考が熱を持っていた。どんなに抗おうとしても、じわじわとその熱が脳から身体中へ広がり、下半身へも及んでいる事実は無視できなかった。不意に村正の腰骨のあたりが自分の熱を持った中心へ押し付けられて総毛立ち、唇を引き剥がして抗議の眼で彼を見上げた。

「……どうした?」
「っ、どうしたもこうしたも…!お前、また…」

 顔も身体も、何もかもが熱い。若造が真っ赤な顔で睨んだところで迫力は全く無いらしく、村正はただその瞳を艶めかせるだけだった。
 唇を合わせただけなのにすっかり芯を持ってしまったそこへ、村正の細く白い指が滑る。どうしてかスローモーションのようなその光景に釘付けになり、それ以上言葉を紡ぐことも手を動かして制止することもできなかった。

「っは……、う、ぁ…村、正…っ」

 ゆっくりとそこを指が往復するたびに、びくびくと肩が跳ねる。村正はおもむろにその場に腰を落とすと、床に両膝をついた。止める間も無くベルトを外され、下着ごと制服のズボンを降ろされる。躊躇ない行動に呆気にとられている間に、僅かに露の滲んだ先端をぱくりと口に含まれた。

「──ッ!!…」

 敏感な部分をぬめった粘膜に擦られ、びりびりと背筋が戦慄く。思わず背後にある書架の棚に掌を付き刺激に耐えようとする。他の誰に聴かれるわけでもないが、ともすればみっともない声が口を突いて出てしまいそうで、自分の手の甲に噛み付くことしかできなかった。
 はじめのうちは亀頭を口に含み腔内で転がすように舐めしゃぶっていた村正だったが、竿に手を添え扱きながら舌先で鈴口を抉られては早々に果ててしまいそうだった。溢れ出るものを一滴たりとも逃さないとでもいうように先端を念入りに舐められ、じゅるじゅると卑猥な音が反響した。
 ほんの数十分前まで級友たちが過ごしていた場所で、あろうことか性器を露出し、口淫されている。此処にもう自分たち二人しかいないことはついさっき自分の目で確かめたにも関わらず、この状況の倒錯感に眩暈がした。
 握り締めた自分の拳越しに下を見遣ると、視線に気付いた村正がこちらを見上げる。美しいとすら感じる顔をした彼の、その腔内に自分の男根が含まれている信じられない光景を目の当たりにし、下腹部がきゅうっと収縮する。びくんと陰茎が跳ねたのを気取られたのではと狼狽えていると、視線を合わせたまま村正の眼が細められ、嫌な予感がする。

「村正っ、待っ……!」

 村正が頭を下げ、一気に陰茎を全て飲み込んだ。ずるずると喉奥まで引き摺り込まれ、舌で裏筋を擦られる。頭ごと緩慢な動作で上下させ、竿全体に吸い付きながら引き抜かれるのと、また喉奥に飲み込まれ先端を締め上げられるのを何度も繰り返される。次々と溢れ出るカウパーを零さないよう飲み下す喉の動きにより更に刺激され、俺は込み上げる衝動のままに両手で村正の頭を掴んだ。
 驚いたように一瞬双眸を見開いた村正だが、好き勝手に頭を揺さぶられるとその眼はぎゅっと閉じられた。最早理性はぐずぐずに溶け、ただ本能の赴くままに村正の喉奥を蹂躙した。

「んっ、ぐ、ぁ、んんッ…」
「村、正っ…すまん、も…出る…っう、ぁ…ッ──!」

 腰が痙攣するように震え、そのままびゅるびゅると腔内へ精を吐き出す。無意識にぐりぐりと押し付けるように腰を突き出してしまい、喉を圧迫された村正が苦しそうに呻くのを意識の端に捉えた。それでも村正は俺の陰茎を離そうとはせず、吐き出された欲を全てゆっくりと飲み干した。最後に尿道に残った精液まで吸い取るように舐め取られ、うっとりと上気した表情にまた腰が戦慄く思いがする。

「は……村正、もう、離せ…」
「ん…お前のを、床や本に零す訳にはいかないからな…」
「……っ…」

 尚も念入りに舐めようとする村正を漸く引き剥がすと、彼は名残惜しそうに立ち上がった。色づいた唇に張り付いた粘液が、微かな光に照らされぬらぬらと妖しく煌めいているのが目に入り、再び頭を擡げそうになる欲望に生唾を飲み込んだ。乱れた息を整えようとしても、頭が蒸気で満たされたかのようにうだって仕方がない。目の前にある肉体から、この世のものとは思えないような芳しい香りがするように思えた。旨そうだ、と確かにそう思った。
 どこか俺の様子がおかしいと感づいた村正が、心配したように顔を覗き込んできた。

「……響河、帰らないのか?」
「……村正…お前のは、どうするんだ…?」
「私、の?……どういう意味…、」

 目を瞬かせる村正の肩を軽く押すとぴくりと震え、俺は先刻彼にされた仕返しとばかりに濡れた唇に噛みつき、後頭部を掌で支えながら自分のそれをぐいぐいと押し付けた。自分が村正の口に出したものの青臭い匂いがつんと鼻をつくが、丹念に自らの唾液を彼の粘膜に塗り込めればそれすらも興奮へ擦り変わった。バランスを崩して後ろに倒れそうになる村正の背中へ腕を差し入れ、近くにあった腰高の本棚の上に押し倒す。細い体躯は肩を押すだけで簡単にその上へ横たわり、不思議そうな、しかし熱を湛えた眼が俺を見上げた。
 するりと下腹部のあたりに掌を滑らせると、びくっと爪先が跳ね、戸惑ったような声で俺の名前が呼ばれた。触れた場所が異様に熱い。

「響河、一体何を…」
「お前も、こんなに、熱くなってるじゃないか…」
「…っ、こ…、ぁ…!」

 熱に浮かされた頭で、村正の発する熱の大元を探る。うすい下腹部を撫でるように手を這わせると、その度にびくびくと村正は肩を跳ねさせ、息を詰めた。そのまま手を更に下へと動かすと、村正が明らかに身体を強張らせるのが判った。構わず服の裾からズボンの中へと指を差し入れれば、中はむわりと熱い湿気を孕んでおり、どくんと鼓動が速くなるのを感じた。響河、と咎めるような声で呼ばれるが、力ずくで抵抗されないのを良いことに更に手を侵入させる。──ふと、そこにあると当たり前に思い込んでいた膨らみに行き当たらないことに気が付き、一瞬思考が止まる。彼の制止も聞かず、素早くズボンと下着を取り去ると、思いもよらなかった光景が目の当たりにされた。

「……村正、お前…」
「…っ、これ、は…」

 そこにあったのは見慣れている男性器ではなく、紛うことなき女性器だった。村正の顔はこれまで見たことのない程の朱に染まり、耳まで沸騰しそうな位赤くなっていた。震える声で、見るな、と囁いた音が聴こえたが、俺の頭は最早その意味も認識できていなかった。
 赤く色づき、ひくひくと蠢くそこから目が離せない。探していた熱は、香りは、ここから発せられていた、と確信した。気づけば俺は吸い寄せられるように、その割れ目に唇を寄せていた。

「…ひ、ぁ…!?こ、が…やめ…っ」
「村正だって、同じことをするだろう」
「ぁ、…それ、は…っ」

 それきり口籠ってしまう村正を後目に、滲み出る蜜を舐めとった。村正は両手を俺の頭へ伸ばしてなんとか押し退けようとするが、まるで力が入っておらず無意味だった。村正の膝の裏へ手を差し入れて脚を持ち上げ、大きく開かせるとまた弱々しく抗議の声が上がったが、開脚したせいで開いてしまった襞に舌を差し入れればその声も意味のない音に紛れて消えていった。
 持ち上げた脚を自分の肩の上に乗せれば、脚を閉じようとしてももう叶わない。空いた手で襞をぐいと開けば、ぷっくりと艶やかに熟れた陰核が露わになった。

「や…ぁ、も、やめ……ん、あぁッ!」

 そこへ勢いよく吸い付けば悲鳴のような嬌声が上がった。陰核全体を露出させるように吸い出すと、それを全て口に含み舌で撫でるように転がす。何度も往復させればそのたびに背中を反らして腰が逃げるように浮き上がり、逆に陰部を俺の顔に押し付けることとなった。
 真っ赤になって眼には涙をいっぱいに溜め、もうやめてくれ、とか細い声で囁かれたところで、自ら震えるように腰を揺らす様は扇情的でしかない。俺は押し付けられるままに舌を動かし、陰核の根本の周りを円を描くようになぞったり、硬く尖らせた舌先で弾いたりした。

「ん、んぅ…っこ、が……も、そこ…だめ…っぁ、あ……!」

 気づけば村正の陰部はまるで漏らしたかのようにびしょびしょに濡れ、危なく木製の本棚に染みを作るところだった。垂れた蜜を全て舐め取り、それでも次々に溢れてくる場所に舌を差し入れて啜れば、じゅるじゅると下品な音が出て村正が泣き声を出す。いくら舐め取っても際限がなく、遂に鼻先を秘部にうずめ、舌を深くまで差し入れる。内壁の襞を擦るように動かしながら、ぬるぬると陰核を指先で転がせば肩にかけられた脚にぎゅうと力が入り、爪先が何度も震える。

「ふぁ、…あ、だめ、はぁ…あ、んッ…!こう、がっ…ぃ、あ、いく、イッ…──!!」

 譫言のように啼きながらびくびくと内腿が痙攣し、村正が絶頂を迎えたことを知る。戦慄く脚に背中を叩かれ、ぱくぱくと開閉を繰り返す膣からようやく顔を離す。くったりと脱力し横たえる村正は、はぁはぁと胸を上下させている。
 未だ熱を帯びた頭で村正に覆い被さり顔を見下ろすと、蕩けたように目を細めて微笑まれ、得も言われぬ衝動が再び首を擡げ始める。突き動かされるままにその上気した身体を掻き抱いて肩口に顔を埋めると、響河、と耳元へ掠れた声が注がれる。

「お前の力は、やはり濃い…」
「……力?何のことだ…?」

 細長い腕と、脚が、まるで蜘蛛か蔓のように絡みついて、再び兆していた陰茎が、熱く溶けて泥濘んだそこへ導かれる。

「響河、この世でお前だけだ。どうか私を──」

──満たしてはくれないか。

 吐き出された吐息に、また全てが溶かされる。
 すっかり飲み込まれてしまった頃、薄ぼんやりと、俺はずいぶん昔から攫われていたのかもしれない、と思った。





20180419
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