私がヒトであることを棄ててからひと月ほど時間が経った。
 この図書館の窓からは夜空と月しか見えないが、その周期や満ち欠けは概ねヒトの世と変わらないらしく、稀にではあるが雨も降った。時折訪ねて来る行商から手に入れた暦は見たことのないものだったが、不思議と理解できた。ここへ来たばかりの頃満月に近かったように思うが、正確な日数を測るのは初めの数日で諦めてしまった。必要な時はクエヒメ──《図書館》に尋ねれば一秒の狂いもなく知ることができた。知識の蔵を司ること体現するかのように、ヒトの世で起こったこと、こちら側で起こったことも、全てその年や時間までも正確に把握して話すことができたからだ。
 それに、この先私の過ごすべき永い永い時を思えば、毎夜月が沈むのを数えていては気が狂ってしまいそうだった。


 《図書館》は、館内の雑務を私に任せたいらしかった。これまで彼女が関わることもなく、それでも図書館は成り立っていたようだが、書物の分類や整理がまるでされていない為、手続きに時間がかかったり、書物が傷み貸出に耐えうる状態でなくなっていたこともざらであったという。これまで《図書館》がその面倒を見ることはなかったのかと問えば、曰く「妾が直々に動くのは『有事の際』のみと心得よ」──要するに、面倒なだけのことは全てこちらに任されるらしい。生憎時間だけはたっぷりとあるため口答えはしなかったが、なんとも奔放な主であった。


「ぬしは素材が申し分ないゆえ、館内を一人でうろついても最早不都合あるまい。万一、おかしな本に出逢ったとしても、ぬしなら対処できるだろう。躰で覚えよ」

 《図書館》は無責任にもそう言い放ち、右も左も分からない私を案内も無く放っておいた。それから、あまり長い間起きたままではいられないとも言った。常に世界中で生まれ此処に蓄積される膨大な知識を溢れさせないように整理する為だとか。ヒトが眠って夢を見て、記憶を整理するようなものか、と納得する。そのため《図書館》は何日も眠っていることが多かったが、時折ひょっこり現れ、他愛もない話をし、また眠るのだった。聞けば以前は暇を持て余し何十年も眠ることもあったという。ぬしを構ってやらねばならんからな、と何故か得意げに宣うので、案内もしてくれないくせにと返せば、若輩のくせに生意気だと睨まれた。実際、私が此処に来てからというもの数日おきには必ず顔を見せていたので、彼女なりに気を遣っているのは確かなのだろう。
 そんな調子で大半の時間を一人で過ごしていたが、此処には無限とも言える書物があり、退屈することは無かった。また、館内は散歩できるほど広く、同じ場所に同じ扉があることは殆どなかった。初めこそ驚いたものの、自分の目的や探し物に応じて変化する場所らしい。慣れてしまえば便利なもので、彼女が私に問題なく中を歩けると言った意味はすぐに理解した。それでも、中にはどうしても開かない扉や、開けるまで何度でも目の前に現れる扉などがあった。《図書館》の話では、じきに私の力がより此処へ馴染めば、ほぼ全てを制御できるようになるのだと言う。
 一般書架にはヒトでない者がぽつりぽつりと訪れていたが、やはり閉架書庫に客が来ることは稀であった。私は無限と言える時間の大半を書物の世話に費やし、気紛れに《図書館》が目覚めれば戯れに付き合い、未知の書物に触れ──それなりに快適に過ごしていた。書物の中にはこちらの世界について記された物もあり、彼女の指南を当てにできないとなればそこから知識を吸収するほかなく、目に付いた書物は片っ端から読み漁った。そのお陰で時間を持て余さずに済んでいるのだから、不本意ながら彼女には感謝すべきなのかもしれない。
 此処へ来てから不思議と空腹を感じず、食事の必要は無かった(かといって飲み食いできない訳でもないようだ)。睡眠も以前ほど必要ないようで、月が沈む頃数時間眠る程度で普通に過ごすことができた。最早並大抵のことでは驚かなくなっていたので、これも私の躰に起こった変化によるものなのだろうと、大して疑問に思うことはなかった。


 最初の違和感を持ったのは数日前。
 今の自分に飲み食いは不要だと認識していたが、どうにも喉が渇く。あまり期待せずに水を口に含んでみたが、やはり改善されることはない。大方、ヒトであった頃の感覚を不意に思い出したのであろう。実際、ひと月ぶりに味わうその感覚はどこか懐かしくもあった。何かしていればそのうち紛れるだろうと思い、いつものように館内をふらふらと散歩していると、自然と図書館の中央付近にある小さな中庭へ足が向いた。此処は、《図書館》とは微妙に管轄が違うらしく、時折ヒトとも蟲ともつかない形をした者──妖精とも言うべきモノなのだろうか──が植物の世話をしているのを目にした。足を運べば気持ちの良い夜風が吹いていたので、月の出ている時はここに灯を持ち込んで読書をすることもあった。
 庭に数歩踏み入れると、傍に鮮やかな紅色をした花が咲いていた。見たことのない花だ、とつい手を伸ばす。──すると、あろうことか触れる寸前でたちどころに花が萎れてしまった。突然の出来事に為す術もなく慌てふためいていると、背後から袖を引っ張られるような感覚があり振り向く。視線を落とせばいつも此処の世話をしている妖精が二、三人、私の腕や脚に引っ付きぐいぐいと押したり引っ張ったりしていた。どうやら私をこの庭から追い出そうとしているらしい。

「済まない、庭を荒らすつもりはなかったのだ。その花は──」

 とうとう庭の入り口まで押し戻され、何とか弁明しようと振り返った時、言葉を失った。自分の歩いた周囲の草花が、全て枯れていた。以前此処を訪れた時は、こんなことにはならなかった。庭の妖精が怒った様子で、何やらぶつぶつ零している。ヒトの言葉には似ても似つかない音だったが、意味は理解できた。

(──頼むから空腹時には近寄るな、と聴こえた……空腹時、とはどいうことだ?……)

 相変わらず喉の渇きは感じていたが、空腹感とは程遠い。考えても答えが出る筈はないので、私はいつものようにこの図書館にある知識に頼ろうとした。それから数日の間は、植物の本、蟲の本、五感に関する本、医学書──思いつく限りの関連しそうな本を手当たり次第に読んでいた。


 つい先程のことだ。何冊も本を読んでいて、気づいたことがある。こちら側には、ヒトでいう食べ物というものは存在しない。時折見かけるものは、単にヒトの真似事で作ったり食したりしているに過ぎず、言ってしまえばヒトの世から輸入された嗜好品でしかないらしかった。
 こちら側で生気の源とされるものは、《図書館》の口からも聞いた『気』が深く関係しているようだ。通常こちら側の者は陰と陽の気を併せ持ち、それらを制御するだけで生命維持が可能であるという。簡単に言えば陽の気がそのまま生命力となるが、強すぎても毒になる。そこで陰の気で不要な陽の気を吸収し均衡を保つ、という一連の流れがヒトでいう代謝となっているようだ。
 《図書館》は何と言っていた?──確か、私は陰の気が強すぎるという話だった。それでは私は、どこから気を得ている? あの時花が枯れたのは、『空腹だったから』? これまで何も意識せず過ごしていたが、私は果たして気の制御とやらをしているのだろうか? 私が此処へ来る前、《図書館》は確か私が『杖』に支えられていたと言った。私の持つ陽の気とは、つまり、他者の──

「……──まさ、村正、聞いておるのか」

 突然、耳元で声がして思わず飛び上がりそうになる。思案に夢中で気がつかなかったが、いつの間にか《図書館》が傍まで来ていたようだ。

「クエヒメ、」
「庭の者共から聞いたぞ。……この件について先延ばしにしていたのは妾じゃ。彼奴らにも悪いことをしたな」
「この件、とは……」
「……すまぬが話は後じゃ。すこぶる間の悪いことに、客人だ。──招かれざる、な」

 《図書館》が面倒臭そうな顔をして言った。侵入者だろうか。それ以上の事が何も解らないでいると、付いて来いと言うので言う通りにする。説明が無いことには慣れてきていたが、先程までのこともあり少し混乱していた。喉の渇きが僅かに増したような気がする。

「──近いぞ」

 とある閉架書庫の近くまで来て、《図書館》は歩みを止めた。

「賊は一体。大したことは無い小物だが、今後はぬしにも『もてなし』を手伝って貰うゆえ、よく見ておくが良い。そこに隠れて何もせずいれば良いが、万一狙われた場合は……己の身を守ることだけを考えよ」
「……了解した」

 珍しく《図書館》が言葉で指示を寄越した。余分な時間は無いのだと察し、大人しく返事をする。問い質したいことは山程あるが、もてなしとやらが終わってからにするしかない。
 私が書架の陰に身を潜めるのを見計らうと、《図書館》が空間の一点を見据え、腕を一振りする。すると何やら黒い霧のようなものを纏った異形の者が、引き摺り出されるように現れた。其れは明らかにヒトの大きさではなく、高天井を突き破らんばかりの首を擡げていた。思わず躰を強張らせるが、《図書館》の声色は至っていつも通り落ち着き払っていた。

「妾を前に一匹とは、随分無謀なものじゃの。捨て駒にでもされたか」
『言っておれば良い。目当ての物が持ち帰られればそれで良いのだ』
「盗む力すらない小蝿が……そのでかいだけの図体を折畳み、正面の受付から行儀良く参るが良い」
『馬鹿にしおって──』

 異形の者が声を荒げてこちらへ向かって来るが、《図書館》は涼しい顔のまま指先から小さな光の球を飛ばした。あんなもので目眩しにでもなるのだろうかと思っていると、光は敵に触れた瞬間大きな音を立てて弾けた。直撃を受けた敵は呻き声を上げ、自棄を起こしたように暴れ出した。長い手脚は周囲の書架を薙ぎ倒し、本を雨のように降らせた。ひょっとしてこの後片付けをするのは自分だろうかなどと逃避するように考えていると、頭上の棚から本が雪崩落ちてきた。咄嗟に避けようとし思わず声を上げてしまい、しまった、と思ったときにはもう遅かった。──異形の者がピタリと動きを止め、真っ直ぐにこちらを見据えている。

『──何だ? 旨そうな匂いがするな』
「っ……!」
『従者がいたのか、それとも貴様のエサか? こちらから先に喰ってやろう』

 ずるりと長い腕が目の前まで伸ばされる──が、視界を鋭い光が横切り一瞬後にはその腕が飛ばされていた。異形は苦しそうな雄叫びを上げながら、光の飛んできた先へ吠える。

『随分と必死ではないか!余程の珍味と見える、益々喰わぬ訳にはいかぬなァ!』
「鶏め、目的まで忘れたか」
『最早貴様から奪えれば何でも良い!!』

 《図書館》は舌打ちし、光の刃を異形の首目掛けて放った。首は呆気なく宙を舞いこれで終わりかと思われたが、空中でその軌道を変えると真っ直ぐに私の方へ向かってくる。ぽっかりと空いた虚──異形の口が迫り、視界を埋め尽くしていく。あの首は、意思を持っている──そう理解した瞬間、《図書館》の声が響いた。

「全て飲み下せ、村正!」


  ***


 気が付いた時には、床に這いつくばっていた。《図書館》の、裸足のままの足が見える。

「──やはり、空になってしまったか。まっこと間の悪いことよ」
「……クエヒメ、一体何が……」
「時間の許す限り、説明はしよう。……しかしあれで気取られるとは、ぬしの誘引力も想定以上だったということじゃな。本当に元ヒトとは思えぬ力じゃ」

 《図書館》は独り言のように呟く。何から問えば良いのかわからず、口を開こうとするも、呼吸をするので精一杯であるかのようにひゅうひゅうと息が上がった。躰中が凍えたように寒気がする──それに、喉の奥が張り付くように、渇いていた。
 少しでも息を整えるために両手を突いて躰を起こし、周りを見回せば、荒れていた筈の書架はすべて元通り整然と並んでいた。まさか、《図書館》が並べた訳ではあるまい。彼女に目を向けると、言いたいことを汲み取ったようで言葉を続けた。

「事前に結界を張っておいたのじゃ。後片付けは面倒だからのう。それから──先の客人はぬしが始末した」
「……!」

 あの異形に喰われかけたのは覚えている。その時《図書館》が叫んだ言葉も。……あの萎れた花と、同じだというのだろうか。

「しかし……運が良ければこれで一件落着だったんじゃがのう。そう都合良くは行かぬな。あの小蝿も、ぬしと同じで『陰寄り』だったようじゃ。ぬしよりずっと矮小であった為吸収はできると踏んだが、結果、ぬしの陰の気を更に高めることになってしまった」

 《図書館》が話す間も、気が狂いそうな程の渇きと戦うことで精一杯だった。早く、はやくこの渇きを満たして欲しいと、それだけに思考が囚われそうになる。

「此処への侵入者を利用するというのは中々良い考えだと思ったのだが……いずれにせよぬしに悪食を強いることになるな。やはりぬしを生かすにはこれしかないのか──なるべくなら避けてやりたかったが」
「……何を……、」

 突然、磔にされたように、《図書館》から目が離せなくなる。この渇きから逃れられると、直感的に思った。砂漠の真ん中で果実のたわわに実るオアシスを見つけたかのような気分だ。この躰になってから味わったことのない、芳しい香りがする。《図書館》がゆっくりと、丈の短い袴の裾を指で摘み上げる。何をするつもりなのか問おうにも、舌が貼り付いて声が出ない。袴の下は、両側面が細い紐で結ばれた下穿きがあった。いくら《図書館》が何を考えているのか解らなくとも、見た目は少女でしかない。下に伸びる細く白い脚はまるっきり少女のもので、こんなあられもない姿、見てはいけないものだと当たり前に脳は判断する。──だというのに、躰が全く言うことを聞かない。目を逸らしたくても、逸らせない。
 《図書館》がするりと紐を解くと小さい布がぱさりと床へ落ちた。露わになったそこには、何もなかった。まるで子供が飯事に使う人形だ。未だ動けず、そこに釘付けになっていると、滑らかだったそこのある一点が徐々に盛り上がり、粘土のように形を成していく。あり得ない光景にぞわりと鳥肌が立つ。あれではまるで──

「──躰を作り替えるのもなかなか骨が折れるな」
「クエ、ヒメ……それは、…」
「言ったであろう。陰の気は女性器のカタチと相性が良い。陽の気はその逆というわけじゃ」
「……、」
「ぬしは陰の気は強大だが、陽の気を生む力は殆ど無いに等しいゆえ、外部から得るほかないのだ。陰陽自在に操るも易い妾が協力してやろう──安心せい、妾とてぬしの心象をできるだけ損ねぬよう工面するつもりじゃ」

 堪え難い渇きに犬のように息が上がる音を、どこか他人事のように聴いていた。《図書館》の言葉を理解しようと必死に思考しようとするが、熱に浮かされたようにぼうっとして何も考えられなくなる。少女の躰にはあまりに不釣り合いなそれが目の前に差し出された瞬間、腹の奥が燃えるように熱くなり、からからに渇いていたはずの喉から唾液が口いっぱいにせり上がってくる。

「効率は劣るが、口から摂取できれば充分であろう。……『そちら』は再び捕まえた彼奴のために取っておけ」
「…ぁ……」

 まるで引き寄せられるように、その先端へ唇を寄せる。おそるおそる舌を伸ばせば、えも云われぬ味がびりびりと舌先から伝わる。そのあとは、まるで操られたかのように舌がひとりでに忙しなく動いた。先端を転がすように撫で回せば鈴口からじわりと露が滲み、それをこくりと飲み下せば奥から手足の指先まで生き返るように熱が伝播した。飢えに身を任せそろりと手を伸ばし、指先で竿の窪みをなぞればひくりと戦慄き、頭上から微かに息を詰める音が漏れた気がした。指で輪を作り竿を扱きながら先端を舐めしゃぶれば、溢れる蜜でみるみる渇きが満たされて行く。熱湯を流し込まれたように熱い。満たされるごとに、熱は腹の奥に溜まり続けて行く。それはじくじくと蟠り、紛らわすことのできない程に膨れ上がっていった。

「……ん、ん……っ、ぁ……ふ、」
「…は、……そうじゃ、そうして自ら気を高めるが良い。その方が良く馴染む」

 それは殆ど無意識だった。扱いていた手はゆっくりと降ろされ、彷徨ったあと──この躰になってから初めて触れる場所へ、伸ばされた。硬度を増した肉棒を口いっぱいに頬張るように飲み込みながら、下穿きの中へ手を差し入れるとそこはぐっしょりと濡れそぼり泥濘んでいた。ぬめった粘膜へ触れれば熱くて熱くてたまらない。濡れた布のひんやりとした不快感を無視してその中を指でかき混ぜる。途端にそこと喉の奥が連動するようにきゅうきゅうと収縮し、齎される蜜を一滴も逃すまいと吸い付いた。
 夢中で舌と指を動かしていると、ぼんやりと湯気のかかった頭に、村正、と私を呼ぶ声がする。それは熱を孕んでどこか切なく、懐かしい声だった。耳元に直接注ぎ込まれるようなその音は何度も繰り返し響き、思わずその名を呼び返す。

 ──響河。

 その瞬間、ずくりと脊髄が軋み、臓腑のすべてが燃えるようにうねった。響河、こうが、そう繰り返す度に脳が沸騰し、息苦しさに涙が滲んだ。

「ぁ、あ……!、ッん、ぁ…!」
「……良いぞ。そのままさっさと終わらせてしまえ」

 《図書館》はそう言って私の頭を掴むと腰を揺らした。喉奥へ打ち付けられくぐもった声が漏れる。熱はどんどん下腹部へ集まっていき、満たされるために奥まで指で掻き回す。それだけでは飽き足らず、もう片方の手も股座へと伸ばし、充血して痼った突起も引っ掻く。びくびくと腰を跳ねさせながら熱を行き着く先を追い求めていると、咥内に納められているモノもびくんと痙攣する。直後、めいっぱい頭を引き寄せられ、喉の奥に直接吐き出された熱を流し込まれる。嚥下するたびにナカもはくはくと震え、指を切なく締め付けた。

「んぅ、っく、ぁ、あ……!〜〜……ッ、……っ」

 全てを飲み下しきると、ずるりと咥内からそれを引き摺り出され、大きく息を吐く。余韻にまだ震えが止まらない。あれほど感じていた渇きは最早思い出せない程に消え失せ、躰の奥からじわりと湧き上がるような温かさに満ちているというのに、如何してこんなにも胸が締め付けられるのだろうか。
 何度か深く呼吸をして落ち着けようとしていると、小さな少女の手がふわりと髪を撫でた。その冷たい温度が心地良く、思わず目を閉じると嘘のように心が凪いだ。まるでこどもように重い眠気に襲われ、誘われるままに身を委ねれば、意識はそこで途切れた。


  ***


 目を覚ますと、普段寝起きしている蒲団の上にいた。眠る前の記憶が霞みがかったように朧げだ。確か侵入者に襲われて、その後──

「ようやく目覚めたか」
「ッ……!」

 思わず肩が跳ねる。現れた《図書館》の顔を見たことで、嫌でも全てを思い出す。ここ数日の出来事、見聞きしたことが数珠のように繋がり、唐突に思い至る。──あれが、私が生き続けるための『食事』なのだと。ヒトの理を外れるという意味を身を以て理解し、ずしりと心が重くなる。
 それでも、この先何百年、何千年でも、私は生き延びなければならない。その為にはどんなことでもする、どんなばけものにもなると決めたのは自分自身だ。
 全てを受け入れ、その時が来るまで、生きなければ。

「……クエヒメ」
「何じゃ」
「苦労を掛けるな」
「労働力の対価ゆえ、気にするでない」

 しれっとそう答える《図書館》に、この主らしいなと思わず小さく吹き出す。


「時に村正よ、今回あのような方法で試みたが、実はもう一つ考えておってな」
「もう一つ……?」
「アレを生やすのもなかなか疲れるゆえ、これもまた良い案だと思うのじゃが……どうだ?妾の乳から吸うというのは」
「……は?」
「上からか下からか、ぬしの好きな方を選ばせてやろうぞ」

 数秒の絶句ののち、ほぼ平らとも言える彼女の胴体を見つめていることに気が付き慌てて視線を落とす。未発達な少女の乳に縋り付く自分を想像し、瞬時に辞めた。


「…………下からで頼む」
「……そうか……」

 この時から、できる限り最低限の『食事』で済むよう、気の制御と温存に何よりも心を砕くことになったのだった。





20180825
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