「響河、今度の日曜は空いてるか?」

 夕飯を終えて部屋に戻ろうとしたところで、村正に声をかけられた。もしや、と色めき立つ俺は勿論空いてる、と答えると村正はほっとしたように頬を緩めた。

「これに行きたいんだが」

 そう言って差し出されたのは都内の某美術館で今開催されている特別展の前売り券だった。ペアチケットと書かれたそれに記された開催期間は、ちょうど今週末までのようだ。

「友人が譲ってくれたんだ。折角買ったのに予定が合わなくて行けず仕舞いになりそうだと言って……会期終わりだから混んでるだろうが、私も少し気になっていたから良い機会だと思ってな」

 珍しく村正の方から誘われたのが嬉しくて、だらしなく緩みそうになる顔を何とか引き締めながら喜んで行く旨を返事した。しかしチケットに大きく書かれた小難しそうなタイトルを見て今更ながら不安が過る。

「俺が観ても解るんだろうか……」
「響河は昔からこういうのはあまり得意ではなかったな」
「……だって、『人だ』とか『風景だ』とか『何だかよくわからん形だ』とか、それ以上何を読み取れって言うんだ」

 思わずそう本音を零すと村正は声を上げて笑った。

「こういう教養もあった方が人間性に箔が付くというものだ。解る解らないはともかく、たまにはじっくり考えながら観るといい」

 そう言われて、デートの筈では……と面白くなく思っていると顔に出ていたようで、村正がまた息を漏らして笑った。

「冗談だ、そんな顔するな。私だって楽しみにしているんだから」
「わかってるよ」

 ばつの悪さを誤魔化すように村正の肩を引き寄せて唇を掠めるようにキスすると、よさないかこんな所で、と睨まれた。じゃあ部屋ならいい? と問えば頬を薄らと赤くして目を逸らすのでそれを肯定と解釈する。
 それから数日間は週末に思いを馳せ、逸る心を宥めながら過ごすこととなった。


   ***


 日曜当日を迎え、俺たちは遅めの朝食を摂ってから家を出た。村正は頻りにもっと早く出た方が良かったんじゃないかと心配していたが、ちょっとくらい大丈夫だろと根拠のない自信でのんびり構えていると、最寄駅に到着したのは十一時近くなった頃だった。そんなに混むのか、と訝しみながらも現地に着けば、驚いたことに美術館の前には入館を待つ人々の長い列が出来ており、最後尾には入場制限中をアナウンスするスタッフが列を誘導していた。前売り券のお陰でチケットカウンターに並ぶ時間は短縮できたものの、甘く見ていたさっきまでの自分を悔いた。無意識に眉間に皺が寄っていたのか、村正が俺の顔を見て申し訳なさそうに眉を下げた。

「すまないな、付き合わせて」
「、いや、ごめん……村正の言う通りにしておけばよかった」
「最終日だからな、きっと何時に来てもこんなものだ」

 気を遣ってそう言ってくれる村正には頭が上がらない。気を取り直して列に並べば、牛歩のようだが確実に列は進んでいき、屋外の待機場所にはテントが張られているものの天気の良い日でよかったなどと考える。村正が入り口で貰ったリーフレットを眺めていたので、今日の展示内容をおおまかに説明してもらいながら列が進むのを待った。ようやく辿り着いた館内は人でごった返し、展示物の前には人の壁が二重にも三重にもなっていた。自然と順路に列のようなものが出来ており、また列か、と少々うんざりしながらも皆行儀良くのろのろと進みながら展示を観ているので自分もそれに倣う。本来、引き返したり一つの展示を長々見たりといったことをしてはいけない訳ではないのだろうが、この場でそんなことをすれば顰蹙を買いそうだ。村正とはぐれたら面倒だなと思い、半歩前を進む村正の指にそっと指先を絡ませる。村正が一瞬何か言いたげな目でこちらを見たが、この人混みでは誰も気に留めないと思い直したのか、再び展示に視線を戻した。
 数日前に冗談だと言われた村正の言葉を多少は気にしていた俺は、目の前に展示されている身の丈程もある大きな絵をじっと見詰めてみる。宗教画であることは自分にも解ったが、やはりそれ以上のことが解らないのでキャプションを読もうとするものの、読ませる気があるのかも怪しいくらい字が小さい上、殆ど人の頭に隠れて見えそうにない。ふと思いついて村正の視線を追ってみると、何処に注目しているのかわかる気がして先程より少しは楽しめそうだ。暫く展示と村正とを交互に見ていると、これでは美術展を見に来てるのか村正を見ているのかわからないな、と人知れず笑みが漏れた。
 ようやく展示を見終えると、もうとっくに昼時を過ぎていた。文化的で美しいものに触れた充実感よりも人混みから抜けられた解放感の方がはるかに勝り、大きく息を吐く。やっぱり向いてないなと思いながら村正を見れば、満足げな顔はしているものの矢張り人混みに揉まれた疲労が滲んでいる。自分のせいで余計な気疲れをさせてしまったと反省しつつ、それでも疲労に見合う程度には楽しめた様子に安堵する。自分も多少関連知識を付ければ村正と同じレベルで楽しめるのだろうかと思い、出口近くの売店に置いてあった今回の美術展の図録を手に取った。それを見た村正がそわそわしていたので迷わず購入すると、そんなもの買うなんて珍しいな、と言われた。

「人の頭が邪魔だったからな」
「確かに此処はいつも人が多すぎる……図録、今度借りても良いか?」
「もちろん」

 ぱっと目を輝かせる村正に、頬が緩むのを感じる。ここでは手もまともに繋げないのが残念でならない。じわじわとせり上がりそうになる衝動を何とか呑み下そうとするが、どうかしたのか、と顔を覗き込まれればもう観念するほかなかった。まだかなり日も高いが、このままではこの後どこへ行っても上の空になりそうだったので形振り構っていられない。

「……なぁ、何時間も立ちっぱなしで疲れただろ。どっかで休憩していかないか?」

 下心丸出しでそう提案すれば、村正もその意図を汲んだようで僅かに睫毛を伏せて小さく頷いた。折角デートで来ているのだからと、なるべく綺麗なリゾート系のホテルを探してそこへ向かう。いつも部屋でするときはどうしても声や物音に気を遣わなければならない為、今日はそういうことに気を配らなくて良いのだと気付くと知らず知らず期待に胸が高鳴る。思い切り声を上げて大胆に乱れる村正を想像してしまい、身体の芯に熱が集まって慌ててかぶりを振った。
 フロントで手続きをしている間、村正は落ち着かない様子で辺りをきょろきょろと見回していた。フロントにはフリードリンクやアメニティが置いてあり、一見すると普通のホテルとも思える位だ。清潔感もある方だと思うが、何か気になることがあっただろうかと不安になった。鍵を渡され、部屋に入ってからおそるおそる問うてみる。

「……もしかして本当はこういう所に来るの嫌だった?」
「いや……こういったホテルは利用したことがなかったから、珍しくてな」
「来たことなかったのか」

 彼女とは、と喉まで出かかって、僅かに安堵を覚えていることに自己嫌悪した。口籠っていると村正は俺が何を考えているのか大体察したらしく、とりあえず風呂に入らないかと提案して話を逸らした。息を吐き出して頷き、大きなバスタブに湯を貼りに行く。大きいな、とどこかはしゃいだような様子で風呂場を覗く村正にふっと笑みが零れる。
 バスタブは二人して浸かっても脚を伸ばして座れるような広さで、脚の疲れがじんわりと取れていくのが感じられた。ずっと触れたいのを我慢していたので、肩を並べるように身体をくっつけるなり村正の首筋に鼻先を擦り付ける。家では夜中に一緒にシャワーを浴びるくらいはあっても、流石に一緒に風呂には入れない。こうして広い湯船に並んで浸かれるのが嬉しくて息を吐き出す。擽ったいのか僅かに身動ぎする村正の肩を捕まえて、温まった肌に唇を這わせた。

「ん……っこら、後にしないか」
「いいだろ、いちゃつく為に来てるんだし」
「のぼせて風邪を引いたらどうする……ベッドでなら思う存分していいから」

 多少不服ではあったものの、ここで村正の機嫌を損ねても不味いと思い大人しく引き下がる。身体を寄せるのは許してくれるようで、村正の肩に頭を乗せたまま目を閉じる。暫くそうしていると、不意に村正が声を上げた。

「今日は慣れないことをさせたな。付き合ってくれた礼をしよう」
「え? 別にいいよ俺が行くって行ったんだし……」
「いいから」

 上がれ、と珍しく強情な様子で背中を押されて立ち上がる。湯船から出た村正はスポンジで念入りにボディソープを泡立てると、俺の背後に回り後ろから俺の身体に泡を滑らせ始めた。ぬるぬると抵抗のない感覚に、擽ったくて背筋がぶるりと震える。

「急に何だよ……子供じゃないんだし、自分でやるって」

 肩越しにそう言葉をかけても取り付く島もなく、手が止まる様子はない。脇腹や背筋などを撫でるように擦られるとぞくぞくと電流に似た感覚が走り、村正の掌に洗う以上の意図を感じて嫌な予感が過る。泡だらけの背中に密着され、そのまま手を動かされればその動きに合わせてぬるぬると互いの肌が擦れ合う。硬く尖った二つの突起の感触を背中の皮膚に感じ、それがこりこりと押し潰されて擦られるたび、耳元に吐息と共に小さく鼻に抜ける声を流し込まれる。ずくずくと下半身に熱が蟠っていくのを感じた直後、胸板をくるくると撫でていた手がするりと脇腹を降りていき、鼠蹊部をなぞる。堪らずひくりと肩を震わせると、村正がふ、と息を吐き出した気配がし、すっかり反応してしまっている陰茎の根元へ指を滑らせた。もう片方の手で腹筋の溝をなぞるように撫でるので、ひくひくと腹が震えているのがばれてしまう。陰茎の竿を宥めるようにひと撫でされ、そのまま下へ回り込み陰嚢を掌で転がすように包まれる。皮の隙間にまで泡を滑り込ませるようにして洗われるが、局部にはそれ以上の決定的な刺激が与えられない。いい加減に焦れて、思わず詰るような声で村正の名を呼ぶ。村正は妖艶な笑みを漏らしながら身体を離し、シャワーのレバーを捻った。

「ベッドですると言っただろう」

 まるで幼子に言い聞かせるようにそう言って、シャワーで泡を洗い流される。熱を持て余したまま放置されて心身共に苦しい俺は、一刻も早く主導権を取り戻すべく手早く身体を拭いた。
 裸のままベッドに向うと村正に手を引かれ、ベッドにさえ行けばいつも通りだと油断していた俺はもろともシーツの中に倒れ込んでしまう。何が起こったのか理解した頃には、俺は仰向けに転がされ、三日月型に目を細めた村正に見下ろされていた。目を瞬かせているうちに唇を重ね合わせられる。村正は俺の身体を跨いで覆い被さるようにベッドの上に両肘を突き、角度を変えて何度も啄むように口付ける。観念して口を開ければすぐさま熱い舌が滑り込んでくる。……今日の村正はいつもと様子が違う。このまま好きにされたままで良いのだろうかと躊躇しながらも、熱く触れ合う粘膜は心地良く目の前の快楽に押し流されそうになる。

「ん、ん……はぁ、……っ」
「ん……っむらまさ、……」

 徐々に二人の息が浅く荒いものに変わっていき、唇の隙間から声と共に熱く漏れていく。村正の脇腹から背中にかけて掌をゆるく這わせると、むずかるように腰が揺れるのが視界に入った。徐々に溶けてぼやけていく思考に、暫くそうして唇を味わっていると、不意に唇が解放され、そのまま滑るように首筋を唇で食まれた。ちゅ、ちゅ、と音を立てながら村正は少しずつ身体をずらしていき、首元から胸へ、胸から腹へと口付けながら降りていく。やがて下腹部へ辿り着いた村正は、そのまま半勃ちの陰茎へ舌を這わせる。風呂場から散々焦らされていたそこは、ざらついた感触にひくりと跳ねた。思わずずりずりと上半身を起こせば、村正が目線だけこちらへ寄越してどきりと心臓が波打つ。視線を合わせたまま見せつけるように先端を舌先で撫でるので、堪らず熱い息を吐き出した。背中を撓らせるようにして腰を高く上げながら陰茎をしゃぶる姿は煽情的でしかない。舌で裏筋をなぞり上げたり亀頭をゆっくり転がしたりと、与えられる刺激は焦れったい程であるにもかかわらず、暴力的なまでの視覚情報に陰茎は益々熱く質量を増していった。
 決定的な刺激は与えられないままじりじりと高められ、ついされるがままになっていると、ふと舌が陰茎を這う音以外にも水音のようなものが聴こえたような気がしてはっと顔を上げる。いつの間に取り出したのかシーツの上にはローションのボトルが転がっており、村正が高く上げた尻に自ら手を伸ばしにゅくにゅくと指を出し入れしていた。徐々に村正の息も上がっていき、舌が突き出されたままの口から時折掠れた声が溢れる。

「……っ村正、今日は一体どうしたんだ……?」
「ん……、っは……礼をすると、言っただろう……っ、ぁ、ん……」

 村正の吐き出す湿った熱い息が陰茎にかかり、ひくんと痙攣する。ぐちゅぐちゅと厭らしい音を立てて後孔を解しながら、陰茎には依然として舌を這わせるだけで、射精に至るような刺激は与えられないままだ。痛いほどに勃ち上がり涎を垂らすそこはまるでお預けをされた犬のようで、早く熱い粘膜に包まれたくて仕方がない。音を上げるのは何となく悔しかったがこのままでは生殺しだ。

「村正……っ、もう、……ッ!」
「ん……、」

 村正は、息も絶え絶えに眉根に皺を寄せる俺を見上げると、目を細めてゆっくりと身体を起こした。屹立して震える陰茎に勿体ぶるようにコンドームを被せると、俺の下腹部を跨ぐように膝立ちになり、そのまま陰茎に手を添えて後孔に先端を当てがった。

「……大丈夫なのか?」
「人の心配をしていられるのか?」

 村正はそう言って挑発的な笑みを漏らした。ゆっくりと腰を落とし、体重と共に先端がくぷりと呑み込まれ思わず息を詰める。慣らすように小刻みに浅い所で腰を上下に揺らされると、結合部がはっきりと目に映るばかりか空気を含んだ水音がぐぷぐぷと響き、徒らに五感を刺激される。その光景に釘付けになっていると、後ろ手に身体を支えながら更に腰を落とされて狭い中に陰茎が埋め込まれていき、待ち望んだ感覚が齎される。

「ん、ン……っはぁ……、」

 村正は圧迫感に耐えるような声を漏らした後、根元まで咥え込むと熱い息を吐き出した。浅い呼吸を整えるように村正が何度か深く息を吐くと、それに合わせて中が柔らかく蠢いた。呼吸が落ち着くと腕を伸ばし、指先が俺の頬へ伸ばされる。顔にかかる髪を払うように頬から耳へかけて撫でると、そのまま顔を寄せて唇を重ねられる。その手を滑らせるように首の後ろへ回され、深く口付けを交わすうち、腰の動きが再開される。前後に揺すられたり何度も抜き差しされながら、擦れるたびに熱い粘膜に吸い付かれるように奥へ引き込まれた。これまでにない程焦らされたお陰で、受動的に与えられる刺激に頭が真っ白になってしまう。衝動のままに村正の腰骨を掴みそうになったとき、不意に手を掴まれ村正の腹の辺りまで運ばれた。

「ん……響河、さわって……」

 熱を孕んだ声に、ぞくりと耳の奥がざわつく。カウパーを滴らせる村正の陰茎を掌で包むように誘導され、そのままゆるゆると扱くと中が断続的に引き絞られた。

「あ、ぁ……っン……、」
「……っ……は、ぁ……ッむらまさ、……!」

 徐々に腰を揺らすスピードが上がり、熱い内壁で擦られながら先端をきゅうきゅうと締め付けられればあっという間に吐精感が込み上げてくる。掌の中で涎を垂らす鈴口を指先で抉れば中が痙攣し、その刺激でゴムの中に精液を放つ。ほぼ同時に村正も吐精したようで手に温く濡れた感触がした。荒く乱れた息を整えながら唇を重ね合っていると、村正が腰を持ち上げてずるりと陰茎が引き抜かれる。

「……すっきりしたか? 軽くシャワーを浴びたら出ないか」
「え……」

 余韻に浸って呆けていた俺は間抜けな声を出す。村正は自分たちの出したものをティッシュやタオルで拭い、てきぱきと帰り支度を始める。

「ちょっと待て、せっかく……というか、まだ全然時間余ってるだろう」
「時間いっぱいまで出てはいけない訳ではないんだろう?」
「そうだけど……」

 まだめいっぱい乱れる村正を堪能してない、とは言えず、どうして村正がそんなに急ぐのか疑問に思う。この後予定があるのなら事前に伝えてくる筈だ。何より、ここへ来た当初からずっとやられっぱなしで、殆ど一方的にイかされたようなものだ。

「俺全然いちゃいちゃできた気がしない……」
「気持ち良くなかったか?」
「いや、そうじゃなくて……!」

 言い募ろうとすると村正は困ったように眉を下げた。

「……昼間の人混みで少し疲れたんだ。今日は早めに帰らないか? 家でゆっくり過ごしたい」

 そう言われて納得しかけるが、先程までの村正の行動を思い返せばとても疲れているようには思えなかった。興奮しなかったと言えば嘘になるが、気持ち良くしてもらったのなら自分も村正のことを快くしたい。ああいうのもたまには良いかもしれないが、それだけではどうにも性に合わない気がする。風呂の脱衣所で脱いだ服を取りに行こうとベッドを降りかける村正の手首を捕まえて、再びシーツの上に沈めると今度は先刻とは逆の体勢になる。僅かに瞳を揺らめかせる村正の顔を見下ろしてその薄水色の奥を覗き込む。

「気分じゃないなら、無理して付き合わなくていい。嫌なら風呂の時みたいに言ってくれよ。でも、さっきはそんな風には見えなかった……本当はしたくなかったけど無理してたってことか」
「そういう訳では……」
「……また何か隠し事してないか?」
「…………、」

 村正の眼がまた揺れる。村正自身もどこか戸惑っているようで、責めるような言い方をしてしまったことを後悔した。頬に掌を滑らせ、親指で唇をなぞるが、振り払われるようなことはない。

「嫌じゃなければ、もう一回だけ……やられっぱなしじゃ悔しいからな」

 そう言った俺の言い草が可笑しかったのか、村正が僅かに息を漏らす。そのあと小さく頷いたのを見て、また唇を重ねた。互いに一糸纏わぬ肌が触れ合う温度が心地良く、掌を村正の身体へ這わせればしっとりと僅かに汗を纏って吸い付いた。胸の突起や肋の溝を指が掠める度に村正の腰がひくんと揺れ、きゅっと瞼が閉じられる。そのまま指を腹へ滑らせ、更に下を目指しまだ柔らかなそこへ辿り着く。ローションを垂らし指先を埋めれば村正が僅かに身動いだ。

「もう、必要ないだろう……」
「俺が触りたいんだよ」

 ついさっきまで繋がっていたそこは確かに中指を難なく飲み込んでしまったので、すぐに指を増やす。中を探るように指を曲げると前立腺に当たり、うねる肉壁に指を締め付けられた。村正が手の甲で口を覆ってくぐもった声を漏らすので、その手を掴んで退かすと震える息が吐き出された。

「は……、ゃ……っあ、」
「声、我慢する必要ないだろ?」
「ぁ……でも……、」
「もっと村正の声聴きたい」

 そう言うと指を埋めた中がきゅんと蕾み、村正は睫毛を震わせて頬を赤くした。一旦指を引き抜くと、熱く解れたそこはぱくぱくと入り口を震わせて更なる刺激を待ち望んでいるかのようだ。一回出しただけでは全く足りずに再び頭を擡げている陰茎をそこに当てがえば、ぐぷりと柔らかく招き入れられた。奥に行き当たるまでゆっくりと腰を押し進め、小刻みに揺するように動かしながら中に馴染むのを待つ。村正がふるりと腰を震わせて深く呼吸するのを見詰めていると、潤んだ眼がこちらを見上げて視線が絡む。瞳が蕩けて、更に熱く泥濘んだ奥へと引き込まれそうになる。その奥の奥まで暴きたくて、村正の腰を掴むべく腕を伸ばした時──けたたましい音が部屋に鳴り響きびくっと肩が跳ねた。
 何事かと辺りを見回すと、適当にヘッドボードの上に放って置いてあった自分のスマートフォンが着信を報せて震えていた。こんな時に誰だと横目で画面を覗き見れば、大学の同級生の名前が表示されていた。緊急の用事など寄越してきそうもない相手に僅かに安堵し、放っておこうと決めて改めて村正の腰骨を掴む。村正の目がちらとスマートフォンを気にするように向くが、俺が無視すると決めたと察すると耳障りな音を振り払うように顔を背けた。

「ん、ん……ぁ……、ふ……っ」

 ゆるゆると腰を揺すり始めると、村正の鼻から声が抜けた。ゆるやかにうねる中の動きに集中しようとするが、規則的に鳴り響く振動音は中々止まなかった。苛立ちを感じ始めた頃、ようやく音が止まりほっと息を吐く。やっと集中できると腰を進め、奥を揺さぶるように一突きし、抽送を始めた。腰を引く度に内壁が吸い付き、息を詰める。何度か引き込まれるままに奥を穿つと、村正の薄い腹がびくびくと痙攣した。宥めるようにそこに手を伸ばしてひと撫でしたその時、さっきと同じ振動音がまた鳴り響く。今度は何だと再度画面を見ると、表示されていたのは同じ名前で軽い殺意を覚える。今度もしつこく鳴り続ける着信音に、堪らずスマートフォンに手を伸ばす。そんなに大事な用事なのかと訝しみつつも、空気の読めない級友のせいで中折れでもしたら只じゃおかないと眉間に皺が寄る。切った所でまたかかってきそうな気がして、とりあえず文句の一つや二つ言ってやろうと思わず通話ボタンを押す。それを見た村正が驚いたように目を見開いた。

「響河、待っ……!」
『あっやっと出たか!俺だよ俺〜』

 スピーカーになったスマートフォンから間延びした声が聞こえ、村正が慌てて掌で口を押さえる。唇の動きだけでごめん、と言い一旦動きを止めると村正が顔を顰めた。

「何の用だ?下らない用事なら切るぞ」
『緊急事態だってば!来週テストあるってさっき知ってさあ』

 その一言で既に下らない用事であることを悟る。溜息を吐き、手持ち無沙汰な手をそのまま肌の上に滑らせると村正が咎めるような視線を寄越した。

「先週サボったのが悪いんだろう」
『そうなんだけどさ〜俺の周りよりによって先週休んだりサボったりが多くて全滅なんだよ!お前なら真面目に授業出てるだろ?』
「当たり前だ」

 父さんや村正が怖いからな、とは口に出さず、さっさと用件を終わらせるべく口を開く。

「教授は前期の授業でやった全範囲が対象だと言ってたぞ。諦めて今までのノートやレジュメでも見返してたらどうだ」
『そんなのちゃんと持ってたらわざわざ連絡しないだろ! 頼む、お前のノートコピーさせてくれよ。今どこにいる? 家? 俺そっち行くからさ──』

 その時、きゅうっと中が締め付けられ思わず息を詰める。声が漏れそうになって慌てて唇を噛み、村正の顔を見下ろすと真っ赤になって両手で口を押さえていた。潤んだ目に縋るように見つめられ、ずんと下腹部が重くなる。

『ん? どうかした?』
「……っ、何でもない。今出掛けてる」
『じゃあどっかで待ち合わせるか。時間はそっちに合わせるし』
「おい、行くなんて一言も……」
『そんなこと言わずにさ〜。あそうだ、学校の近くにこないだオープンした店が結構評判良いらしくてさ、そことか丁度良いんじゃないか? ていうかお前んちの方向って──』

 取り合うつもりは無いのに、そんなことはお構い無しに勝手に話を進められて閉口する。しかし、その間も村正は腹をひくひくと震わせて目に涙を溜めている。先刻収縮したのがまるで引き金になったかのように断続的に中が締まり、電話越しに一方的に喋りかけられる間も歯を食いしばって堪えるしかなかった。殆ど動いていなかったのに、と不思議に思うが、気を抜くと声が漏れそうになるため最早友人の声はただの音としてしか聴こえてこない。
 また一際強く中を締め付けられ、村正を見遣ると首を反らして丸まった爪先を震わせている。どう見ても達しているような反応に、そういえばと不意に何ヶ月か前の記憶が蘇る。俺の部屋でしていた最中に、弟が村正を探しに部屋の扉越しに話しかけてきたときだ。同じように声を出せない状況で、村正は随分興奮を覚えていたようだった。今日も、ホテルでするとなったらいつもと様子が違い、頻りに家に帰りたがっていた気がする。もしや、と思い至りはっとする。

『──それで、お前今どこにいるって言ったっけ?』

 友人の問いかける声が突然耳に入る。村正の腰に添えていた手にぐ、と力を入れると村正が指の隙間から息を漏らしながら焦点のぶれた目で俺を見上げ、視線が絡む。無意識のうちに口角が持ち上がるのを感じながら、口を開いた。

「今は……ホテルにいる」

 そう言うのと同時に軽く腰を前に突き出すと、くちゅ、と音を立てて粘膜が擦れ中が戦慄いた。村正が信じられないというような顔をして目を見開いた直後、びくびくとまた腹が痙攣し出したのでその肌を宥めるように撫でる。

『ホテルって、こんな真昼間から何で──……あ、』

 何かを察したように声色が変わる友人の声を聞きながら、もう一度ゆっくりと刻み込むように奥を突く。至極緩慢な動きであるにもかかわらず、村正は声にならない悲鳴を上げ、突かれた奥から爪先までぶるぶると震えさせた。

『ふざけんな、そーいうことかよ! 何でもっと早く言わないんだよ!』

 リア充め、と最後に吐き捨てて掛かってきた時と同じように一方的に電話が切られた。お前が一人で喋っていたせいだろう、という文句は宙に浮き、ようやく邪魔がなくなったと村正に向き直る。緩めた手の間から犬のように荒い息を吐き出しながら、潤んだ目を伏せた。

「──ッは、ぁ……っしぬかと、思った……」
「ずっとイってたのか?」

 そう問えば村正は赤くなった顔を更に真っ赤に染め、顔を背けたあと小さくこくりと頷いた。ざわりと背筋が粟立つのを感じながら身体を倒して村正の首元へ顔を寄せると、柔らかく熱く熟れた粘膜の更に奥へ入り込み、村正の腰がびくんと跳ねた。ぎゅうと目を瞑った村正の眦に唇を落として、そのまま耳元へ滑らせていく。

「村正は他人の気配があった方が興奮するんだな」
「、ぁ……そんな、こと……」
「バレそうになったり、声出せなかったり、そういう時めちゃくちゃ中きゅんきゅんしてる」
「や、ちが……ッ」
「違わないだろ? 家でしてたときいつも父さんたちにバレたらって考えて興奮してたんだよな」
「……ぁ、も、やめ……っ」

 耳朶を唇で食みながら責めるような言葉を流し込むと、またきゅんきゅんと中が熱くうねって陰茎を締め付けられ、息を詰めた。村正はどうやら背徳感や羞恥心といった感情に大きく快感を刺激されるようだ。風呂から一回目の時の大胆な行動も、背徳感を感じようもないこの空間で無意識に自らを煽っていたという所だろうか。耳まで真っ赤になって目に溢れんばかりの涙を溜める村正に、じくじくと嗜虐心が湧き上がってくる。

「さっきの電話の奴、本当は村正のエロい吐息とか聴こえてたかもな。明日会ったら問い詰めないと」
「そ、な……わけ、……」
「それとも思いっきり動いて聴かせてやってたら、もっと早く電話切ったかな」
「ひ、……ゃ、だ……っ」

 ひくひくと腹を痙攣させながら、ぎゅうと脚を背中に回される。いやいやするように首を振って顔を背けるので、こっち見て、と言い両の手首を掴めば縋るような瞳がこちらを見上げて揺れた。ちくりと良心が咎めるが、ひとりでに口の端が吊り上がるのを止められない。

「今でもこんなにぐずぐずになってるのに、もし本当に誰かに見られながらシたら、村正どうなっちゃうんだろうな……? まあ、見せる気はないけど」
「ふ、ぁあ……っア……!」
「……っ、キツ……、想像だけでイきかけた? 村正がこんなに変態だったなんて知らなかったな」
「あ、ぁ……嫌だ……っあ、ぅ……」

 村正がとうとうぐすぐすと嗚咽を漏らし始め、流石に苛めすぎたかと頬に手を伸ばして撫ぜる。眦から零れた涙を指で掬ってそっと口づけると、自由になった村正の手がすぐに首の後ろに絡みついてきた。

「こ、が……あっ……ゃ……嫌いに、ならないで……っ」
「……っ、なるわけないだろ、ごめんって」
「ぅ、あ……あ、……っん……!」

 唇を重ねればすぐさま熱い舌が絡みつき、首に回された腕に力が入った。頬を撫でながら舌に吸い付いているうちに段々と落ち着いてきたようで、徐々に嗚咽が甘い嬌声に変わっていく。やわらかく蠢くように締め付けられ続けた陰茎は限界が近く、ゆるやかに続けていた抽送のスピードを速めながら息を吐き出した。村正は何度も達したせいなのか奥を穿つ度に全身をびくびくと痙攣させ、腕も脚も必死に俺に縋り付く様子がいじらしくて、さっき泣かせたばかりだと云うのについもっと苛めたくなってしまう。

「ん、ぁ、あ……っは、あ……んッ……!」
「っは……、家でそんな声出したら、みんなに聞こえて村正が俺に犯されてるのわかっちゃうな……」
「や、あ……! ん、ん……っ」
「こら、唇噛むなって……今は、俺だけに聞かせて?」

 俺の言葉を聞いて声を堪えようとするので、唇を食んで口を開けさせる。舌を吸って引きずり出すと開きっぱなしになった口から上擦った声が漏れた。

「あ、はぁッ……あ、こうが、ぁ……っ!」
「ん……っむらまさ、……!」

 引き絞られるように中が締まり、肉を掻き分けて奥を抉る。村正が背筋を撓らせびくびくと震え、ほぼ同時に限界寸前だった熱が爆ぜて村正の中に勢い良く吐精した。痙攣する村正の肢体を掻き抱き、最後の一滴まで流し込む。
 しばらく息を整えて、顔を離すと村正の瞳はこれまでにないほど蕩けていた。後処理をする間もされるがままになっていた。時折ひくんと身体を震わせてか細い息を吐き出すものだから、思わずもう一回、と言いかけるがそろそろ時間が迫っていた。再度反応しそうになるのを必死に鎮めながら手早く後処理を済ませると、チェックアウトの手続きをするべくフロントへ向かった。
 足元の覚束ない村正を支えるようにしてまっすぐ家に帰り、到着するなり二人して俺の部屋に入るとベッドに雪崩れ込むように体を沈めた。収まりそうもない熱を貪り合うように、再び身体を重ねた。
 言うまでもなく、今度は互いの声を飲み込み、息を殺しながら。





20180917
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