Ladders

　風呂から上がると初夏にしてはかなり暑く感じられ、服を着るのが煩わしく感じた。下だけ穿いて上は裸のままタオルを首に引っ掛けながら自室へと戻る。扉を開けると部屋の中に村正がいた。

「──響河、勝手に入ってすまない。昼間此処に本を置いていってしまったようでな」
「ん、別に良いよ」

　何も気にすることはないというのに、村正は律儀に謝って眉を下げた。目当ての本は見つけたらしく、入れ違いに部屋を出て行こうとする村正の腕を掴んで扉を閉めてしまうと、村正は目を瞬かせた。じっとその目を見詰めると僅かに瞳が揺れる。

「戻るのか？」

　腕を掴んだままそう言うと、村正は暫くの間無言でいたが、困ったように溜息を吐き、遂には手に持っていた本をテーブルの上に降ろした。俺は上機嫌でそのまま掴んだ腕を引き寄せ、軽く触れるだけのキスをした。

　あれから晴れて恋人同士となった俺と村正は、以前にも増して互いの部屋に入り浸るようになっていた。主に俺の方がくっつきに行っている気がするが、村正も決して嫌がっている訳ではないと判るので気にしないことにしている。俺が村正に甘えているのは相変わらずで、ただ、その方法がほんの少し変化しただけだ。
　しかし、二人とも同じ屋根の下に住んでいて家族も一緒となると、俺たちの関係の変化がばれるのは時間の問題のように思えた。家族に隠し通す努力をするのも骨が折れるだろうと考えた俺たちは、付き合い始めて一週間も経った頃にはさっさと両親に報告してしまうことを決断した。
　両親には──特に父さんには色々言われるかと覚悟していたが、意外にも二人とも穏やかに祝福してくれた。いざとなれば頭を下げる準備もできていたのだが、お前たちが幸せならそれ以上のことはない、と言われ思わず涙ぐんでしまった。互いを不幸にするようなことだけはするんじゃないぞと言われ、するわけないと答えると満足げな笑みが返ってきた。
　気掛かりがあるとすれば、その後に聞いた話の方だ。父さんは話が済んだ後、祝い酒だと言ってたちを晩酌に呼びつけた。暫く他愛もない話をしていると、不意に父さんが俺たちをじっと見詰め、感傷に浸るかのように呟いた。

『──矢っ張り血は争えないんだなぁ』
『ん、何……どういうこと？』
『、いや、……』

　つい口を滑らせたという風で、父さんは言い淀む。暫く口をもごもごさせていると、隣で話を聞いていた村正がぽつりと呟く。

『……父さんは、矢張り私の父と──』

　村正もそこで曖昧に言葉を切る。どうして村正の亡くなった父親の名前が出てくるんだ？　もしかして話が見えてないのは俺だけなのかと二人の顔を交互に見ると、父さんが僅かに目を見開き、その後ふっと息を漏らした。

『──いいや、何もなかったよ。しかし本当は、我々二人とも解っていたのだろう。私たちはきっと……想い合っていた』
『え…………、は！？』
『多分、あいつの方が私よりも、それからお前たちよりもずっと器用だったんだろうな。大学の頃、彼女ができたと紹介してきて、学生のうちに結婚した。それで私はあいつへの気持ちは思春期の気の迷いだったと結論付けたんだ……まあ、その後すぐに母さんと出逢えたしな。夫婦揃ってその後も仲良くしていたよ』
『そうだったんですね……それで漸く合点が行きました。どうして父さんが私にここまでしてくれるのかずっと不思議だったので』
『おいおい、勘違いしないでくれよ。それは親としての責任を果たしているだけだ』

　二人はすっかり和やかに笑い合っているが、一人置いてけぼりな俺は心中穏やかではなかった。

『ちょっと待て、父さんまさか、村正のことずっとそう言う目で……』
『人聞きの悪いことを言うんじゃない。確かに年々あいつにそっくりになってくるから驚いてはいるが……こんな小さな時から見ているんだぞ？』

　そう言って父さんは床に手を翳して見せ、それに今は勿論母さん一筋だ、と笑った。村正は一緒になって笑っていたが俺はまだ顔が引きつっていた。

　数週間程前の記憶が頭を過ぎり、眉を顰めていると村正がどうかしたのか？　と顔を覗き込んでくるので慌てて何でもないと答えた。

「風呂はもう済んだのか？」
「いや、まだだ。……響河、早く服を着ろ。風邪を引くぞ」
「まだ暑いんだって。大丈夫だよ」

　まるで母親のような言い草に笑いながらベッドの端に腰掛けると、村正も釣られるように隣に座る。

「……そういえば、報告がある」
「報告？　何？」
「来週から、父さんの元で秘書として働くことになった」
「へ？」

　先程の記憶を再度、嫌でも思い出し、間抜けな声が出る。

「だって、まだ学校があるだろう」
「だから卒業するまでは研修なんだ。もう学校には週に二、三回しか行っていないし、行けるときに現社長秘書の手伝いをしながら仕事を学ぶだけだ。もちろん学業を優先しろと言われている」
「いやだって、そんな、……」

　もやもやとした嫌な予感が湧き上がるばかりで、まるで言葉にならずに口籠る。そんな俺の様子を見て村正は小さく吹き出した。

「何をおかしなことがある？　アルバイトのようなものだし、内定期間中に研修させる企業などごまんとあるだろう。……それに私が卒業してから響河が会社を継ぐまでの二年間、ただ穀潰しをしている訳にもいかない。資格も要るし、新米社長に新米秘書では格好がつかないだろう」
「それは、そうだけど……」
「父さんは院に進んではどうかと言ってくださったが、辞退したんだ。響河が会社を継いだとき、すぐに役に立ちたいからな」

　そう言われては何も言い返せず息を詰まらせる。村正のその気持ち自体は嬉しくもあるが、一度でも不安に支配されてはそう簡単に払拭することはできない。またそうやって俺に相談もせず一人で決めてしまったのかという悔しさもある。でも、だって、なんて言葉ばかりが浮かんでは消えていく。

「……あの時聞いた話のこと、まだ気にしているのか？」
「……そりゃ、気にするだろ……卒業するまでは週に数回でも、その後は通常勤務なんだろ」
「気にしすぎだ」
「っでも、もし俺のいない間に父さんが村正に変な気起こしたら……！」
「そんな筈ないだろう。失礼だぞ」
「だって、あれから父さんが村正を見る目、絶対怪しいだろ……村正はもうちょっと自意識過剰になるくらいで丁度良い」

　そう言うと村正は堪え切れないように声を上げて笑い出した。俺はむっとして村正の袖を掴む。

「俺は真剣に……！」
「響河、そう感じるのは父さんの変化じゃなく、お前が変わったせいだ」
「は？　……俺が？」

　笑って乱れた呼吸を整えながら村正が頷いた。意味がわからず、どういう意味だ？　と問う。

「……それを私の口から言わせるのか？」
「仕方ないだろう、解らないんだから」

　村正は何故か言葉にするのを躊躇して、仄かに頬を赤く染めた。先程までの憤りもころりと忘れて可愛いな、などと呆けていると、黙ったままの俺に観念したのか村正が口を開いた。

「……響河が私を、独占したいと思うようになったから……ちょっとしたことでもすぐに、不安になってしまうのだろう」

　躊躇の末に言われた言葉は妙にすとんと腹に落ちて、思わずなるほど、と呟いた。

「こんなこと、自分で言うのは相当に恥ずかしいぞ。私は充分に自意識過剰だろう」
「いや、事実だから過剰じゃないな」

　村正が口にした内容はこれまで自覚こそなかったものの、間違いなく事実だった。家族にすら嫉妬しているのだ、俺は。掴んだままだった袖を離し、そのままベッドに突く村正の手に掌を重ね合わせる。

「……村正の言う通りだ。村正が目の届かない所にいるだけで落ち着かない。家の中にいたって不安だ」
「それは考えすぎというものだ」
「そんなことないだろ。村正は優しいし、美人なんだから」

　そう言うと村正は益々頬を赤らめた。指を絡めて村正へ身体を寄せると、村正の指がぴくりと動いた。

「俺だってこんな餓鬼みたいな嫉妬、何とかしたいけど……自分じゃどうしようもならないんだ」

　どうすればいいと思う？　と言えば思いの外掠れた声が出て、村正のうすくまるい耳朶へ唇を寄せる。邪魔な髪を指で払って窪みに舌を這わせると、村正がびくりと肩を震わせた。逃れようと捩る腰にがっちりと腕を回してしまえば、細い身体があっという間に腕の中に収まってしまう。

「ん……っ響河……！　風呂はまだだと、言っただろう……っ」
「後で一緒にシャワー浴びれば良いだろ？」
「そういうことじゃ……っ、ふ、ぁ」

　ゆっくりと体重をかけると、力の抜けた身体はすぐにベッドの上に沈んでしまう。耳から首元へ順に舌を這わせ、皮膚のうすいところを唇や歯でなぞると村正が身体を跳ねさせベッドのスプリングがぎしりと音を立てた。こうなることが解っててこの部屋に留まったくせに、と意地の悪い感情が湧く。舌先に僅かに感じる汗の味に次第に身体が火照ってくるのを感じ、首のタオルが邪魔になったのでベッドの下に投げ捨てた。舌で肌をなぞり、唇に辿り着く頃にはもう村正からの抵抗は感じない。
　シャツをはだけさせながら唇の表面を何度も撫でるように啄むと、やがて焦れたように村正の薄く開いた唇から舌が差し出された。内心ほくそ笑みながらその舌に吸い付くと、甘やかな声が村正の鼻から抜ける。露わになった肌に掌を滑らせ、薄い胸板に円を描くように撫で上げると村正は身を捩らせた。

「下、脱いで……」

　掌を腹へ滑らせるままズボンに手をかけると、村正は素直に腰を浮かせた。下着ごと脚から抜き取り、ベッドの脇から床へ投げ捨てると、無防備になった脚が所在なさげに擦り合わせられる。

「今日もいっぱい触るから」

　そう宣言すると、村正は目を潤ませながら顔を背けたあと、こくりと小さく頷いた。
　俺は最初にいきなり無理をさせて挿入してしまったことを反省し、あれ以来挿入はせず村正の気持ち良い場所を探すことに専念していた。幾度も身体を触れ合わせ、早く一緒に気持ち良くなりたくてたくさん村正の身体を触った。回を追うごとに村正の反応が僅かに変わり、身体が徐々に俺の手によって作り変わって行くのを感じた。村正の返して寄越す反応全てが、何物にも代え難い充足感を齎した。俺はそれだけでも満たされてしまいそうだったが、村正が自分だけ弄ばれるのは納得がいかないと言って何度か口や手で愛撫してくれた。その度に、早く再び繋がりたい欲求に押し潰されそうになるが、また村正に無理強いしては意味がないと何とか堪えていた。
　村正の隣に肘を突いて横になり、肩を押して村正を横向きに寝かせた。腕を伸ばしてヘッドボードの引き出しからローションとゴムを取り出したあと、背中側から抱きしめるようにして肩口に顔を埋める。すると耳元に髪が当たってくすぐったいのか村正がふるりと背筋を震わせた。後ろから腕を回して肋から胸にかけてまさぐり、立ち上がりかけた乳首を指先で押し潰すと村正が熱っぽい息を吐いた。何度か指の腹で擦って固くしたあと、爪の先でかりかりと引っ掻くと動きに合わせて村正の肩がびくびくと跳ねた。

「んっん、ぁ……あ、ふ……っ」

　指を動かし続けながら首筋にぬるりと舌を這わせると村正が逃げるように背を丸めるが、更に密着してしまえばその行動は全く意味を成さない。背骨の突起に齧り付きながら胸を弄り続け、村正の息がすっかり上がった頃、一旦手を離してローションを指に絡ませた。

「ちょっとうつ伏せになって……こっち、触るぞ」

　言われるがまま村正は身じろぎし、傍にあった枕を掴んで腕で抱き込むと、顔を埋めた。ぬるついた中指を尻の割れ目へと伸ばし、きゅんと窄まったそこを探り当てると皺を一つ一つ伸ばしていくように重点的にそこを撫でる。ローションを直接そこへ垂らして注ぎ足すと、徐々にやわらかく緩んできたそこへ指の先をゆっくりと埋めた。

「ん……っう、ぁ……ん、……っ」

　ぬぷりと湿った音を立て、村正のくぐもった声が枕の中に吸い込まれていく。離れにある村正の部屋ならまだしも、母屋には家族の寝室がある。まだ時間も早く、起きている家人も多い筈だ。先程から村正が懸命に声を我慢している様子なのはそのせいだろう。ぞくぞくとした背筋のざわめきを感じながら、指先を浅く何度か抜き差しした。
　表面の付近は少しずつ泥濘んで指に吸い付いた。頃合いを見て中へ進む指を徐々に深くしていき、根元まで埋まってしまうと中でぐるりと動かした。何度かくにくにと指を曲げ、関節で中を拡げればそれに抗うかのようにきゅんきゅんと内壁が収縮した。異物感から逃れたいからなのか又は無意識なのか、時折腰がひくんと戦慄き、ずり、と僅かに尻が持ち上げられる。強請るようにも感じられる動きにこくりと喉が鳴った。
　一旦指を抜き、掌にローションを足すと今度は二本の指をゆっくりと埋めていく。根元まで収めた後は指を様々な方向に曲げ伸ばしして中を探ってみる。僅かに膨らみを感じる部分に爪先が掠めると、村正の腰が大きく跳ね、明らかに反応が変わる。トントンと指の腹でそこを叩くとその度に村正の身体が波打ちベッドがぎしぎしと音を立てた。

「んん、ん……！　ひ、ぁ……っそれ、……！」
「ここも、だんだん気持ちよくなってきたんだな」
「や、ぁ……ッは、んぅ……っ！」

　この場所を触った時の村正の反応はここのところ目に見えて変化していた。始めは圧迫感や異物感が大きかったようで、脂汗が浮く程の苦悶の表情をしていた。それにも耐えようとしてくれることは嬉しくもあり申し訳なくもあったが、根気良く解していくと徐々に声に甘さが混じり始め、今では苦しそうな様子は始めの一瞬くらいだった。枕に埋めたかぶりを振って与えられる刺激をやり過ごそうとしているのを見て、俺は中を弄る手はそのままに四つ這いになる形で村正の身体に覆い被さり、また耳元へ唇を寄せた。外耳の縁を唇で食むようになぞると半ば悲鳴のような声が枕の中に響いた。はふはふと犬のように荒く吐き出される息が熱く蟠り、村正の頬から耳元を真っ赤に潤ませていた。
　中の膨らみを二本の指で一際強く押し潰すと、指の根元が引き千切られんばかりに締め付けられる。同じリズムで何度もぐにぐにとそこを揺さ振れば、あ、あ、と枕に吸収しきれない声が断続的に漏れた。うなじに歯を立て、舌を這わせては気紛れに吸い付いていくつか痕を残す。そろそろ前も触ってイかせてやらないと、と考え始めた矢先、部屋のドアがコンコンと音を立てて二人して肩をびくんと揺らした。

「響河兄ぃ、いる？」

　鍵をかけていて良かった。弟が部屋をノックしたらしい。こんな時間だし、明かりが漏れている筈なので居留守をするのも不自然だろう。飛び上がった心臓を落ち着けながら、平静を装って応答する。村正は枕をぎゅうと顔に押し付けて荒い呼吸を殺していた。

「──っ何？　今忙しいんだけど」
「村正兄ぃ部屋にいないんだけど、そっちにいるんでしょ？」
「へ？　いやいないって、どっか散歩でも行ってんじゃないのか？」
「そうなの？　おっかしいな、結構前に響河の部屋に入ってくの見たんだけど」

　どきりと心臓が波打つ。裏返りそうになった声を不審に思われなかったかと冷や汗が滲む。まだ幼い弟は昔から勘が良いというか、妙に核心を突いてくる所がある。村正の肩もひくりと跳ねるのが見えた。どこか動かして物音が出てしまうのが恐ろしくて、指も村正の中に入れたまま抜くことすらできない。

「……、俺の部屋に忘れ物したんだ。とっくに戻ったよ」
「そっかー、宿題で教えてほしい所あったのにな」
「お前もう４年だろ？　そんくらい自分で調べて何とかしろよ」
「えぇ～～……だって村正兄ぃ優しいしわかりやすいんだもん」

　不満げな声を漏らす弟に、いいからさっさと戻れと念じる。身体を村正と密着させたままのせいで、互いの心臓の鼓動がダイレクトに伝わってくる。どくんどくんと血液が脈打つのに合わせて中に埋めたままの指がきゅうっと一瞬締め付けられたような気がした。髪の隙間から覗く村正の耳を見遣ると先程よりももっと真っ赤に染まっているように見える。ゆっくりと耳元に顔を寄せると、ふぅふぅと抑えきれない吐息が熱く漏れ出している。

「しかたない、大人しく戻ってくるの待ってるか……響河には用ないし」

　扉の外からようやく離れていく足音が聞こえて、思わず大きな溜息を漏らす。弟の生意気な言い草に普段ならば憎まれ口の一つや二つ叩く所だが、今はそんな余裕などない。

「……危なかったな。大丈夫か？　村正」
「……ふ、ぅ……っ、ぁ……」

　念の為まだ声を潜めて耳元に小声で囁くと、村正はまたひくひくと肩を震わせてかぶりを振った。耳朶に唇を寄せると燃えるように熱い。

「中すごいうねってたけど……もしかしてバレそうになって興奮した？」
「っ……そ、な……こと……っ」
「……さっきよりここ膨らんでる」
「ぅあ……あ、……──ッ！」

　暫く動かさずにいた指の関節をくいと曲げれば、びくんと村正の背筋が大きく撓った。溶けそうな程の熱を孕んだ声に興奮を抑え切れず、つい身体を密着させたまま腰を擦り付けてしまう。とっくに芯を持っていた陰茎が村正の腰骨のあたりに擦れ、思わず息を詰めた。危うく飛びかけた理性を叱咤して指を動かすことに集中する。

「あ、あ……っ、は、ぁ……ぁ、ん……っ！」
「……、もう少ししたら、前も触るから……余裕あったら、俺のも手でしてくれる……？」
「ん、っは、……あ、こう、が……っ」

　問いかけると村正は枕に顔を擦り付け、髪がぱさぱさと音を立てた。今日は無理そうかと一人で抜く覚悟をしていると、こうが、と息も絶え絶えにもう一度名前を呼ばれる。

「無理しなくていいから」
「ちが……っぁ、もう、い、から……っ」

　切れ切れに吐き出される言葉の意味を測り兼ねて一旦指を抜くと、村正はぶるりと身体を震わせて大きく息を吐きだした。意地を張っているのか、それとも何か不満があるのかと思い、今日はもうやめるか、と言うと村正はまたぶんぶんと頭を横に振る。もぞもぞと身じろぎしたかと思えば、腕を後ろ手に回し、僅かに持ち上げられた尻に掌が添えられる。その一挙手一投足につい釘付けになっていると、額まで赤く染まった顔が振り向いて、ゆっくりと唇がかたちづくられる。

「もう、挿れて……大丈夫だから……」

　形の良い爪の先が、さっきまで俺の指が埋められていた場所に伸ばされ、その入り口をぐいと引っ張った。てらてらと赤く泥濘んだ粘膜が視界に晒され、思わず生唾を飲み込む。

「……いいのか？」
「いいと言っているだろう……っ！」

　そう言って焦れたように潤んだ目で睨み、腰を更に高く上げるのでいよいよ理性を全て奪われてしまう。ゴムを着けるのも忘れ、村正の腰骨をぐっと掴んでズボンを下ろす。数度手で擦っただけで充分な程に硬くなった陰茎を割り開かれたそこに押し付けると、村正が鼻に抜ける声を漏らした。先端をゆっくりと押し入るとみちりと肉が掻き分けられ、ぽってりと赤く腫れた縁が伸び切る。指を二本しか挿れていなかったため、狭い中に半ば捩じ込むような感覚になる。直接触れ合う粘膜の熱さに、危うく村正を気遣うことを忘れてしまいそうだ。

「──あ、はぁッ……ぅ、あ……っ」

　震える腰を支えながら、でき得る限り自らを律しゆっくりと腰を進めていく。一番張り出したカリの部分を通り過ぎれば少し楽になったようで、息の詰まるような村正の呻き声は一旦収まり、力を抜こうと深く呼吸をする音が聴こえた。村正が息を吐き出すのに合わせて奥へ進んでいき、漸く根本まで埋め込むことができる。これほどの質量を受け入れるには矢張りまだ苦しそうで、村正は枕に顔を埋めながら浅い呼吸を繰り返していた。中に馴染むようにゆるゆると小刻みに動かすと、動きに合わせて小さな喘ぎ声が漏れた。全て暴いて思いきり声を出させてやりたい衝動を何とか抑え込み、腹とベッドの間にできている隙間に手を差し入れる。緩く芯を持ち涎を垂らしている陰茎を掌の上に乗せ、裏筋を軽く撫でさすればびくんと腰が跳ね、一緒に中も引き絞られた。心地良い締め付けに顔を顰めて堪えながら、グラインドの幅を少しずつ大きくしていく。

「ふ……ぁ、あ……っあ……」

　次第に熱い内壁がやわらかくうねりだし、溶けそうな熱に息を詰める。下を見遣ると骨ばった腰がかくかくと揺らめき、陰茎には軽く掌を触れさせている程度にも関わらずにちゃにちゃと音を立てていた。あまりに扇情的な動きにずしりと下腹部が重くなる心地がする。無意識にやっているのだとしたら相当にタチが悪い。

「村正、自分で腰動いてる……エロいな」
「ッ……！　ちが、……っゃ、あ……！」
「いっぱい気持ちよくなっていいよ」

　僅かに手に力を籠め陰茎への刺激を強めると共に、緩やかながら途切れることなく抽送を繰り返す。言葉をかけた直後から中がきゅうきゅうと収縮する間隔が短くなり、奥に吸い込まれるかのように締め付けられる。誘われるままに奥をごり、と抉ると村正の身体が痙攣するように震えた。

「ぁ、あ……あ……ッ！」
「……──っ……！」

　一際強く締め付けられたと思うと、握っていた陰茎がぶるりと波打ち、掌に濡れた感触がする。枕を噛んでなんとか声を押し殺しながら、ひくひくと背筋が戦慄き中が断続的にうねった。唇を噛んで押し流されそうな快感をやり過ごし、シャツ越しに背骨を指でなぞる。部屋の外に声が聞こえてはいけないと頭では解っているのに、どうしても村正の顔が見たかった。そのまま首元までをなぞり上げ、肩を掴んで村正を枕から引き剥がした。村正が蕩けた目を瞬かせるのも構わず、そのままごろんと身体を回転させて仰向けにさせる。挿入したままだったため中が予想外の方向にぐりんと擦れ、悲鳴じみて上擦った声が上がった。はっと自分の声の大きさで我に返った村正が慌てて自分の掌で口を塞ぐ。その間に村正の膝を持ち上げ、脚の間に身体を入れてしまうと、茹だったように上気した村正の顔も、熟れた乳首も白く震える薄い腹も、濡れて色づいた陰茎も、全てが目の前に晒されて唾を飲み込む。暫く呆けたようにその光景を見詰めていると、またきゅんと中が締め付けられる。荒い呼吸のまま涙の滲む瞳で見上げられれば、先程までとは比べ物にならないほど中の陰茎に血液が集まる気がした。明らかに質量を増したそれに、村正が僅かに怯えたように眉を下げ、何か言いたげに唇を開いたが、それは再び上がった嬌声に飲み込まれた。

「ぅあっ……！　今、だめ……あ、はぁッ……ん、ん……！」

　腰を掴んで奥を穿つと、思いきり漏れてしまった声に村正が涙を浮かべながら手の甲を自分の口に押し付けた。このままでは手を噛んで怪我をしてしまうかもしれないと思い、その手首を掴んでそのままシーツの上に縫い付ける。上半身を倒したことで、達したあとで敏感になったところを更に奥まで抉ってしまい、村正が声にならない悲鳴を上げた。はくはくと開かれた唇に噛み付くと、僅かに安堵したように目が閉じられ、舌が差し出される。ぬるぬると舌を絡ませ合いながら腰の動きを再開すると、互いの唇の隙間からくぐもった声が漏れた。ギリギリまで抜いて奥まで捩じ込む動きを何度か繰り返すと、膨らんだ前立腺にカリが引っかかるたびに村正の身体がびくびくと跳ね、腰が浮いてしまいそうな程首が反らされた。俺の掴んでいない方の腕が背中に縋り付き、更に深く口づけさせられる。意識して前立腺を重点的に抉るように腰を動かせば、背中に爪を立てられ、村正の脚にぐっと力が入る。

「あ……だめ、っ……ひ、ぁ……！」
「はぁ……っ、ここ、好き？」
「ふ、ぁ、すき……っあ、あ……っ！」
「ん……、一緒に気持ちよくなれて、うれしい……」
「う、ぁ……あ、も……い、ァ、……──ッ！」

　びくびくと全身を戦慄かせ、どうやら村正が達したようだが陰茎は震えるばかりで吐精はしていないようだった。ぞくぞくと背筋が粟立つのを感じながら唇の表面を食む。

「……っ、初めて後ろだけで、イけたな……」
「……、ふ、は……っぁ……」

　村正はまともに声を発することもできずに顔を蕩けさせて震えていた。一旦腰を止めて舌を伸ばせば辛うじて同じように舌を差し出してきて、吸い付くように擦り合わせる。ぴくんぴくんと余韻のように震える胸板に手を這わせると、益々熱い息を吐き出した。動かさずとも殆どずっとやわらかく締め付けられている陰茎は、そろそろ限界が近かった。心の中でごめんなと呟いて、宥めるように唇を重ね合わせながら再びゆっくりと抽送を始めれば、中が別の生き物のようにせわしなく蠢いた。

「は……っあ、あ……っふ、ぅ……」
「……っ……むら、まさ……っ」
「あ、あ……っこう、が……ぁ……！」

　徐々に抽送のスピードを上げていくと、腹の底からじくじくと熱いものが込み上げる。いよいよ限界を感じ、最後に辛うじて残った理性で陰茎を引き抜こうとすると、奥を叩くたびに跳ねていた脚がぎゅうと腰に回された。何してるんだ、と声にする前に中が強く引き絞られ、思わず声が漏れる。

「っあ……！むらまさ、出る……ッ」
「ん、ン……！　っあ……！」

　どくんと身体の芯が脈打ち、村正の中に自身の欲望がぶちまけられる。全て搾り取られるようにうねり続ける内壁に、息が止まりそうになる。
　余韻の波が過ぎるのを待ってから、詰めていた息を吐き出して脱力して陰茎を引き抜くと、どろりとした感触が伝う。今更ながら自分のしてしまったことを思い知らされて大きく息を吐き出す。焦点の定まらない目ではぁはぁと呼吸をする村正の眦に唇を落としながら、ごめんと呟く。すると村正はふ、と息を漏らして目を細めた。

「私がしてほしかったんだ……気に病むな」

　三日月形に溶けた瞳のあまりの艶やかさに、息を呑んだ。耐えきれず村正の肩口に齧り付き、勘弁してくれ、と漏らせば再び村正がゆるやかに笑みを漏らしながら掌で背中を撫でた。
　後処理もきっと大いに苦労するに違いない、と数分先の未来に思いを馳せて息を吐き出す。この家でどこまで理性が持つのか試されている気さえして、額を村正の首筋に押し付けた。

20180905

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